『その攻防、危険につき』


 堀川響は意外ともてる。
 とくに、容姿を重点におく女に、それはそれはとてもよくもてる。性格がどうしようもなく屈折しているのだが、残念なことに、一見しただけでは判断できないためである。
 しかも普段はわりと人当たりよく接するから、勘違いする女が後を絶たない。
「よくやるわ」
 女子生徒に呼び止められて話し込む響の姿を見て桃子は溜息をついた。響が心底嫌っている相手、華鬼は、やはり彼と同じようによく目立つしよくもてるのだが、異性の扱いには雲泥の差があった。
 かたや和気藹々わきあいあいと応じ、愛想を振りまく男。
 かたや不機嫌を地で行き、誰も寄せ付けない男。
 どちらも相手に対してさほど好意を抱いていないというのだから呆れる話だった。
 女子生徒が頬を染めながら携帯電話を取り出すのを見て、あ、と桃子は思わず声をあげた。一昔前ならきっと手紙を差し出す場面だったのだろう。真っ赤になった女子生徒が響を見上げ、すぐに顔を伏せてもじもじとするのを見て確信を得る。
 ただ話しているのではなく、どうやら告白シーンだったらしい。
 相談したいことがあって北棟に来たのだが、タイミングが悪かったようだ。出直そうと思い、桃子はすぐにきびすを返した。
 鬼の花嫁は刻印のせいで異性から嫌でも注目され、桃子も鬼ヶ里に来る前はそれなりに声をかけられていた。けれど、他人の告白シーンを見るのはなんとなく気が引ける。
「あとでメールを」
 すればいいか、と独り言を口にした直後、
「桃子」
 響に大声で名を呼ばれてぎょっとした。大切な場面で通りがかりの女に声をかけるほど配慮のない男だとは思っていなかったのだ。
「どこに行く気だ、桃子」
 ちっと舌打ちしてから桃子は廊下の中央に立つ二人へ顔を向ける。別に会う約束をしていたわけではないからどこに行こうが文句を言われる筋合いはないはずなのだが、注目されるとそのまま立ち去ることもできなくて、仕方なく響へ近づいた。
 女子生徒が不安そうな顔で桃子を見る。
 大きな目、長いまつげ、高い鼻梁にふっくらとした唇――整った容姿とその身にまとう独特の雰囲気に気づき、桃子は女子生徒が鬼の花嫁であることを知る。印の強さはわからないが、この女子生徒には伴侶候補となる鬼がいる。それにもかかわらず、こうして響に告白しているのだ。
「堀川くん?」
 戸惑いを浮かべる女子生徒は、美しい鬼たちにふさわしい美貌を持っている。しかし、鬼ヶ里にはこうした娘が多いので、なんとなく見飽きてしまった感がある。こういう顔なら苦労することもなかったのだろうかと他人事のように考えていた桃子は、ふっと顔を寄せてきた響に思わず身を引いた。
「逃げるな。嫌がったら殺すぞ」
 満面の笑みでささやかれ、桃子は硬直した。表情は屈託ないのに目だけは笑っていないのだ。
 耳元に唇を寄せた男はそのまま顔を傾けて、硬直する桃子を見てくすりと鼻で笑い、抱き寄せて――あろうことか、口づけたのである。
 そして、怒りに顔を引きつらせる桃子を見てもう一度笑い、その顔を器用に女子生徒から隠して「ごめんね」と言葉をかけた。
「もう付き合ってるから」
 唖然とした女子生徒は真っ赤になってうつむき、足早に廊下を駆け、階段へと消えた。せわしない足音が消えたところで響は桃子を解放する。
「誰が棒立ちでいろなんて言った、気が利かない女だな」
「なん……!?」
「でもまあ、この手は使えるな。いちいち言い訳しなくてもいい」
「あ、あんた……っ」
「次もよろしく」
「次なんてあるわけないでしょ!!」
 口をぬぐい、廊下にとどろくような罵声を発すると、まさか怒鳴られるとは思ってもみなかった、そう言いたげな表情で響が見つめ返してきた。
「鬼の花嫁は厄介なんだよ。好きな奴がいるって言っても信用しないし、自分のほうが上だって思ってるから」
「あんたの都合なんてどうでもいいわよ!」
「無関係な奴が周りうろちょろされたら邪魔だろ」
 文句を言おうと思った桃子は意外にまともなことを言う響に驚いて口を閉じた。しかし、発言は納得できても行為が納得できるわけがない。桃子は水飲み場まで駆け寄って乱暴に顔を洗い、振り向きざまに指までさして発言した。
「あんたのプライベートはあんたでなんとかしてよ!」
「……パートナーだろ。お互いに助け合わなきゃ」
「こんなときばっかりパートナーって言うな!」
「もう少しキスに慣れてもらわないと嘘だってばれるなあ。な、桃子」
「な、じゃないわよ、な、じゃ! なにその胡散臭い笑顔!」
「だから、キスの特訓」
「一人で勝手にやってよ!」
「そんなエロいことできるか」
「言ってる意味さっぱりわかんないし!」
 すでに会話が成り立っていない。怒鳴っているうちに「こんな馬鹿にいつまでも付き合っていられるか」という結論に達した桃子は、相談する内容すら忘れてきびすを返し、大股で彼のもとから去っていった。
 それからたびたび告白現場に出くわし、そのたびに巻き込まれることを、このときの彼女はまだ気づいていなかった。

=甘口・了=

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