【ガーネット策略記】

 オルター公子には妻がひとり、名をガーネットという。資産家の次女として何不自由なく育った彼女は、身長が低くどこか幼さの残る容姿に不釣り合いな巨乳という、男性の保護欲と支配欲を刺激する凶暴で魅惑的なスタイルを持つ少女だった。
「グラナダはのどかね」
 この度めでたく挙式した彼女は、誰もがうらやむ噂の男を伴侶に得た。しかし、単純に喜んでいられないのが世の常である。彼女は広大な領土を眺め、いままで暮らしてきた都会との落差を目の前に溜め息をついた。
「あ、ガーネットお嬢さま!」
 なだらかな高台から延々と広がる小麦畑を見つめていたガーネットは、馴染みの侍女の声にもう一度溜め息を落とす。
「もうお嬢さまじゃないでしょ」
 ふりむきざまに注意すると、侍女パメラはぴたりと足をとめ、目を瞬いた。
「若奥さま」
「そうよ。実家から連れてきた侍女がいつまでも昔の呼び名を口にしてたら心証が悪いじゃない。それでなくとも――」
 問題のある結婚だ。すでに国には正式な文書をもって上申ずみだが、オルターの父グラナダ公がこれを取り下げれば、せっかくの計画が水泡と化す。オルターとは結託ずみだがグラナダ公まで掌握していないガーネットの一番の頭痛の種は、夫の家族だった。
 それに、ガーネットが信仰するマルファトネ教にも反する。この婚姻はよくて極刑、悪ければ死罪が言い渡される大罪で、罪はその骸に縛られるとされ、浄化のため白骨化するまで海辺の祠にさらされる慣わしなのだ。絶対に公にするわけにはいかない。
「聖妃母まで昇進したのも問題よねえ……一般信者とは扱いが違うだろうし。気が重いわ」
 はあっと溜め息を落とすとパメラが驚いたように目を見開いた。
「なあに? 溜め息くらいいいでしょ」
 不貞腐れてそう文句を言うと、パメラは両手をあげて大げさに首をふった。
 その視線が自分以外に向けられていることに気づき、ガーネットは怪訝な表情をしてそれをたどった。
「何もないところでしょう、ここは」
 穏やかな声に、ガーネットは「あっ」と小さく声をあげる。弓を手にしたオルターが、大型の猟犬をしたがえて立っていたのだ。その服装は夜会や婚礼のときとは違い質素なものであったが、細身ながらも肩幅がしっかりとあるオルターにはよく似合っていた。純朴な姿が好印象な夫≠ノ笑顔をむけ、ガーネットは小首を傾げて尋ねる。
「いつからそちらに?」
「いま来たばかりです。ここは都心と違って娯楽の少ない土地だから、ガーネット様には退屈ですね」
「そんなこと」
 ガーネットは失笑した。もともと田舎であることは承知していたし、北院と呼ばれるマルファトネ教が運営する孤島の修道院にくらべれば、雄大な自然があるぶん素晴らしく思える。争いを好まず、ゆったりとした生活を望んでいたガーネットにとって、この環境こそが希望であった。
「ここが気に入りました」
「それはよかった」
「……オルター様」
「はい」
「わたくし、妻ですから敬称はいりません」
 ほんの数回会っただけの相手だが、すでに夫婦として誓い合った仲なのだ。しかも昨晩はベッドをともにし、今後の課題について滾滾こんこんと話し合った――言わば、色気も素っ気もないが、将来同じ罪を背負う大切な共犯者である。他人行儀なのはどうにも気にかかった。
 オルターはくすりと笑う。
「では、あなたもそのように」
「――ええ。そうね」
 納得して頷くと、オルターはふと顔をあげた。
「肉料理はお好きですか」
「ええ。でも、わたくし……」
「鳥肉しかだめなんですよね」
 そう口にするなり、オルターは矢筒から矢を一本手にして弦を引いた。流れるよな動作で一矢を放ち、すぐにもう一本を弦にかけ矢尻を心持ち上にふって空に放つ。つられて見上げたガーネットは、ふたたび驚きの声をあげた。
 飛翔する矢の先には優雅に飛ぶ一羽の渡り鳥がいた。矢は高い声で鳴く鳥の横をかすめて小麦畑へ落ち、それを見たパメラがひどく残念がる言葉がガーネットの耳へ届く。
 しかしガーネットの視線は、いまだ羽ばたく渡り鳥に釘付けたっだ。
 何となくぞっとした。
 あとに放った第二矢がまっすぐ渡り鳥めがけて落ちていくのを見て、言葉もなく目を見張る。まるで逃げる方角をあらかじめ予測していたかのように、矢はあっけなく鳥に命中し、それは旋回しながら小麦畑へ吸い込まれていった。
「ジョン、行け」
 じっと獲物を目で追っていた猟犬はオルターの一言に喜々として駆けだした。そして彼は、驚きの悲鳴をあげる侍女と年若い妻に笑みを向ける。
「それでは、晩餐会で」
 たった一言を残し、彼の背はあっという間に遠ざかっていった。
「凄いですね、オルター様! 私、てっきりはずしてしまったとばかり……!! まさか二本目が当たるなんて」
「……狙ってたのよ」
「え?」
「一矢は誘導ね……さすがは――」
 弓矢部隊のなかでもっとも重要とされる射的隊に配属されるだけある。屈指の腕を持つオルターは、憲兵として国に仕えるかたわら、短時間で異例の昇進をとげて守備隊の要である地位を手にしていた。
「どうかされたんですか?」
 急に押し黙った主人を見て侍女は不思議そうな顔をする。ガーネットはちいさく笑った。
「射的隊でしょう、オルターは」
「はい! 憲兵隊一員で射的隊一員!! うら若き乙女たちの注目の的です!! 徴兵中のオルター様の姿を見て卒倒した女子の多さは伝説ですよっ」
 パメラは興奮気味に瞳を輝かせて頷いた。
 戦争となれば最前線に立つことが常である射的隊はやけに着飾る風潮がある。あの容姿なら、派手な衣装で身を固めればさぞ映えるだろう――実際に、ガーネットが彼をはじめて見たのも徴兵中に催されたパレードだった。
 ひときわ目を引く射的隊の一員、その中にオルターがいた。
「……誰にも言えないわね」
 オルターの姿を探して一人で騒ぐ侍女を尻目にガーネットは何度目かの溜め息をつく。
 下品な視線を向けてくる野蛮な男たちはどうにも好かない。修道院から出たばかりの彼女は、どんなに取り繕ってもこぼれ落ちてしまう獰猛な欲を敏感に感じ取り、男という生き物にほとほと愛想が尽きていた。
 そこへ現れたのがグラナダ公嫡子、オルターである。
 舞踏会で再会≠オたオルターは、理知的で礼儀正しくなおかつ禁欲――まさに理想を絵に描いたような男≠セった。ガーネットにとって、これほど希望にそった男など二度と現れることはないだろう。
 それが、まさか。
「――まさか、一目惚れした相手が同性だったなんて」
 けれど彼女は、満天の星空のもとで話を切り出した。断られるだろうと覚悟し、世俗にまみれるくらいなら糾弾されて大罪の烙印を押されたほうがましだと腹をくくり、はしたなくも大胆に彼≠ノ愛をささやいてみせた。
 そのときの驚倒したオルターの顔を思い出し、ガーネットは悪女のように喉の奥で低く笑う。

「すべてをあざむきましょうね、オルター。わたくしとあなた、一生涯離れられなくてよ?」

Who is a sinner? 
※ 罪人は誰? ※



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