【オルター青年記】

 グラナダ公には嫡子がひとり、名はオルターという。剣の腕はやや問題があるものの、帝王学から医学、生物学、地学、商学等々、さらに七ヶ国語を自在にあやつり、若くしてその才腕を披露する彼は、見事なブロンドと紺碧の瞳が美しい青年であった。
「父上、折り入ってお話が」
 ただし、問題はどこにでも横たわっている。領土の分配表を渋い顔で眺めていたグラナダ公は、凛とした声に生返事をした。
「結婚を考えている女性がいるのですが」
 喉の渇きを覚えてうろついていた指が、ティーカップをはじいて机にちいさな水溜りを作った。
「結婚!? お前がか!?」
「もちろんです」
 オルターは無粋な質問に肩をすくめて見せた。歳は十八、身を固めるには適した年齢ともいえる。しかしグラナダ公は、目の前に怪物がいると言わんばかりに、つぶらな瞳をかっと見開いて絶句している。
「祝福してくださいますか?」
「ま、待て! 相手というのは、女性と言うからには女だろう!?」
「当然です。ベネット公爵の二番目の娘で、名はガーネットと」
「ベネットと言えば資産家じゃないか! お前、騙したのか!?」
「心外ですね。愛らしいお嬢さんに愛を語ったまでです」
「では、ベネットの娘は変態か!」
「……父上」
「いやいや、そんなはずはない。お前がたぶらかしたに決まっている。なんてことをしてくれたんだ、これでグラナダ家は終わりだ!!」
「招待状はすでに配りましたが」
「余計なことをするんじゃない――!!」
 ヒステリックに叫ぶグラナダ公に、オルターはふたたび肩をすくめる。いつもハイテンションな父ではあるが今日は格段に調子がいいらしい。主治医が若い女に替わったせいかと、オルターはひとりのんびりと納得した。
「火急に詫び状を書け! 早ければ早いほどいい!」
「しかし父上、挙式は明日です」
「そんなぎりぎりに報告するんじゃない――!!」
 吼えるグラナダ公に、オルターはのほほんと笑んで見せた。ここ数日、部屋に引きこもって書類を睨んでいたグラナダ公は、城内の様子などまったくといっていいほど関知していない。もっと早くに報告するはずだったが、やれ視察だ、やれ舞踏会だ、やれ会議だ打ち合わせだと城をあけることの多かったグラナダ公に、ようやくオルターが会ったのは今日だった。
 黙っていたわけではない。そもそも、すれ違いが多いグラナダ公にはちゃんと文書で報告してあった。それを他の報告書と同様にまともに読みもせず、サインして机のはしに押しやったのはグラナダ公本人である。
 しかしオルターはこれといって言い訳せず、禿げ上がった頭に脂汗をかき、見る見る真っ赤になっていくグラナダ公を見つめた。
「なにか問題がありますか、父上」
「問題だろう! お前は跡取りだが、女なんだぞ!」
「ああそのことでしたら、ガーネットは承知しておりますよ。結婚を申し込んでくれたのは、彼女です」
 さわやかに微笑むと、グラナダ公の口がぽかんと開いた。ガーネットは一目でオルターを女だと見抜き、体の弱い母のために健康で優秀な跡取りを演じ続けたオルターにいたく同情した。そして提案してきたのだ。一生独身で過ごせば男と偽って暮らしていても、痛くもない腹を探られ、いずれ奇異の目が向けられるのは必至だ。ならばここはひとつ手を組もうではないか――。
 実に魅力的で、実に大胆で、実に爽快な申し出だった。
 そのとき、オルターは思わず彼女に訊いた。なぜそんなことを言うのかと。すると彼女は可憐な容姿をくねらせ、世界に君臨する女王のように魅惑的な微笑で言ってのけた。

「だって、殿方って野蛮なんですもの」

 オルターはちいさく笑う。
「しかし参ったな。殿方じゃなくても、野蛮なものは野蛮なんだけどね」

Subsequent is husband and wife's secret.
 ※その後のことは、夫婦の秘密


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