床一面に武器が散乱していた。その真ん中に座り込んで武器の手入れをしているシャドーを見て立ち止まり、慌てて物陰に隠れて監視する。全身黒ずくめの男はいつもと変わらぬ格好――つまり、急所を守る必要最小限の防具を身にまとい、熱心に使い込まれた中剣の刃こぼれを確認していた。そうか、強い奴は武器の手入れも怠らないんだな、と変なところで感心し、自分が手ぶらなことに気づいて愕然とした。
 そもそも、素手で戦って勝てる相手じゃない。武器があっても勝てる気はしなかったが、それ以上に不利な状態で向かっていくなど無謀にもほどがある。
 どこかに武器は……と、視線をめぐらせると、手入れの途中なのだろう長剣が一本、壁に立てかけてあった。柄に細やかな細工がほどこされた、まるで飾り物のような銀の剣だ。実戦向きとは思えない。それ以前にとてもシャドーの私物には見えなかったが、ここから一番近い場所にあるのはその長剣だけだ。
 仕方ない、背に腹は代えられない。
 シャドーが中剣を床に置き、次にどれを手入れしようか迷ってるのを見て脱力した。この男、もしかして武器マニアなのか? 短剣、中剣、長剣はそれぞれ何本かあり、細長い針はそれこそ数え切れないほどまとめて置かれている。槍や斧といった彼が使いそうにない武器はもちろん、弓、ヌンチャクやメリケンサックに似た武器、メイスなどもあった。
 ……マニアだな。あれはマニアに違いない。どう見ても「まきびし」だと突っ込みたくなる武器まであるのには、感心を通りこして呆れてしまった。強い上に武器にも精通しているなんて反則だ。こっちはてんで素人だというのに、これじゃ勝てる見込みはゼロに近いんじゃないか?
 しかし、愚痴を言っていてもはじまらない。ここは覚悟を決めなければならない。
 ……ここまで来て尻尾を巻いて逃げるのも、さすがに格好悪いしなあ。
 シャドーが次に手入れする武器を物色している隙に飛びだし、驚く顔を横目に銀細工の剣に飛びついた。柄を握り鞘から剣を抜いてその切っ先をシャドーに向けると、彼は明らかに動揺して――銀細工の剣を凝視した。
「それは……っ」
 珍しく声まで裏返っている。浮きかけた腰をいったん下ろして慎重に立ち上がりながらも、その目はやはり銀細工の剣に釘付けだ。戦いに慣れている男にしては不自然な……とは思ったが、剣を恐れてくれるのであれば話は早い。
「お姫様を返せ!!」
 請求すると、シャドーは不思議そうにわずかに首をかしげた。
「お前が だいおうさま だろ! お姫様を返せ! こっちの請求は……まずはそれだけでお願いします」
 じっと見つめられて思わず敬語になる。いや別に、 だいおうさま を倒しに来たわけじゃないし、当面はお姫様の無事が確認できて、願わくば連れて帰るのが最良ということで、請求がやや控えめになる。
「お姫様?」
 低い声でシャドーに訊ねられ、何度か頷いた。
「渡せば剣を返してくれるのか?」
 ……なぜ、剣。いや、別に剣の一本や二本かまわないけど。
「返す」
 やけに不安そうな表情をするので短く返すと、シャドーは安堵して体から力を抜いた。この剣、もしかしてかなり値打ちのあるものなのか? うーん、どこかで見たような気もするが……まあいいや。もともとシャドーのものだし、これを返せばお姫様が来るならお安い御用だ。
「それで、お姫様は?」
 問いかけると、シャドーが明らかに動揺した。沈着冷静を絵に描いたような男にしては珍しい反応だ。まさかもう死んでいるとかいうオチはないよな? 疑わしげに見ていると背後から足音が響いてきた。
 とっさに振り返るとそこにはカトリーナの姿があった。
「シャドー、陛下の剣は……あら、お客様?」
 カトリーナはシャドーを見て、それからこちらへ視線を移動させて目を瞬いた。
「ちょうどいいところに、カトリーナ様」
 シャドーの声は心なしか弾んでいる。
「彼女がお姫様だ」
 とってつけたように言われて目を見開いた。淡いピンクのドレスを身につけたカトリーナは、確かにお姫様と言われれば納得してしまう容姿をしている。
 ……。
 ……なるほど、彼女がお姫様か。うん、なんかシャドーの目が言っている。「とりあえずそう言うことにしておいてくれ」と。
 途中でなんとなく間違った場所に迷い込んでしまったことに気づいたが、この状況では引くに引けないのも事実だ。よし、ここはシャドーに案にのってみるか!
「姫! 助けにあがりました!!」
「……助け?」
 きょとんとするカトリーナに微笑みかけて、銀細工の剣をそっと床に戻して彼女の手を引いた。
「さあ、逃げましょう!!」
「え? どこへ?」
「安全な場所に!!」
 ええい、後のことなど知るか。ここまできたら「勇者」を演じきってやる。 だいおうさま はいなくても、お姫様がいるんだからなんの問題もないじゃないか!!
「……楽しそうね」
 駆け出す途中、カトリーナのそんな言葉が耳朶を打った。実は彼女がこういった「遊び」が好きなタイプで、なおかつサバイバルにも慣れていることを知ったのは後日のことだ。
 風の噂でバルトが国を挙げて連れ去られた王妃捜しをはじめたと聞いた。これからは命懸けの逃亡生活になりそうだ。
 ……まあこういう人生もいいんじゃないかと、野鳥とイノシシを見事に打ち取ってすっかり野生児と化した上機嫌なカトリーナを眺め苦笑しながら思う。

=『祈りの庭・歪みの森』を補完しました=

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