ここが決戦の地に違いない。巨大な城の巨大なドアの前に立ち、ごくりと唾を飲み込んだ。しかし、いきなり正面突破というのはさすがに躊躇われる。あたりを見渡し、別の出入り口を探した。壁沿いにしばらく歩くと鉄の鋲が打ちつけられた木製のドアがあった。よし、ここから! と、勢い込んでドアを押し開ける。
 気配をうかがってから中に滑り込み、息を殺して慎重に廊下を見た。広い通路は左右に伸び、どちらにお姫様がいるのかもわからない。
「お姫様っていうんだから、ここはセオリーどおりに建物の最上階かなあ」
 囚われの姫というのは高いところにいるものだ。偏見を混ぜつつそう結論を出し、見つけた螺旋階段を駆け上がる。
「待っていてください、姫ー!! いま勇者が、あなたの勇者が参ります――!!」
 ギャラリーがいないので一人で盛り上げないととても寂しい。階段を駆け上がり、途中で息が切れて喉の奥からぜーぜーという音が漏れた。駄目だ、運動不足だ。こんなんで だいおうさま と戦って勝てるのだろうか。
「あ、戦わずにお姫様だけさらってくればいいんだ。向こうだってさらっていったんだし、これでおあいこじゃないか」
 ぽんと手を打ち、忍び足になる。さらうならいさんで出て行くよりこっそりと忍び込んだほうが効率がいい。もし だいおうさま が油断していたら、背後から斬ってしまえば危険は最小限だ。ちゃんと名乗って真っ向勝負が基本なのだろうが、にわか勇者にそんな真似ができるはずがない。
 ここは安全な方法で確実な勝利を収めるのが大事だろう。
 ……勝てば官軍って言うし。
「よし」
 自分自身に言い聞かせ、それでも一応、用心のために剣を抜く。そして、螺旋階段を延々と上り、上り、とにかく上り、……ちょっと待て、まさかこの階段、最上階直通なのか。明り取りに開けられたのだろう窓を覗き込み、その高さにくらりとし、下を見て青ざめた。螺旋階段の中央は、洒落にならないくらい怖い。ぽっかりと口を開けた空間は、まっすぐ地上一階にまで通じているのだ。こんなところから落ちたらひとたまりもないことに気づくと、だいおうさま よりもこの螺旋階段のほうがはるかに怖いものに見えてきた。
「だ、大丈夫だ! 落ちなきゃいいんだからっ」
 すっかりへっぴり腰になりながらも階段を少しずつ上る。上を見ればまだ階段が続き、どこがてっぺんなのかもわからない。これじゃ高層ビルの非常階段を黙々と上っているようなものだ。さすが だいおうさま の城! 一筋縄じゃいかないらしい。
 しかし、ここでめげていてもなんの解決にもならないので、仕方なく階段を上った。
 そして約二時間後、
「到着……っ」
 立っていられないほどヘトヘトになって最上階にたどり着いた。ぐったりと階段に倒れこみ、手を伸ばしてちょこんと待ちかまえるドアに触れる。まるで頂上に着いた登山者のように晴れがましい気分に――なっていてどうする。お姫様を助けに来たのにそのはるか手前で満ち足りていたら救出なんでできなくなる。
 はっとして剣を支えに立ち上がり、下は見ないようにしてドアを睨みつける。耳をドアに押し当て、じっと中の様子をさぐって意を決してドアノブをひねった。
「誰だ?」
 内部は意外と広い。密度の高い柔らかな絨毯が敷かれたその部屋には、テーブルや椅子、ソファーや花瓶や絵画をはじめとする調度品が置かれ、囚われの姫がいるにしては華やかだった。
「誰だと訊いている」
 繰り返される凛とした声にはっとして窓辺を見ると、黒いドレスをまとったダリアが腕を組んでこちらを見つめていた。……って、お姫様って誰だ? ダリアは魔王様でお姫様じゃないし、イナキは性別が男だし、……あれ? だいおうさま も、該当者なしなんじゃないか?
「あの、お姫様を助けに来たんですけど」
「……お姫様」
「はい。 だいおうさま にさらわれたって聞いてここまで来て……でも、ここにはいなかったみたいです」
「……いや、いる」
 え。どこに、と訊く前に、反対側のドアが開いて、そこからイナキがやってきた。おお、なんというナイスタイミング! さっそくお姫様と だいおうさま のことを尋ねようと口を開くと、その前にダリアがイナキに駆け寄ってその首にしがみついた。
「イナキ、助けてくれ!」
 ぎょっとしたのは、もちろん抱きつかれたイナキだけではない。一体何が始まったんだと目を丸くすると、ダリアがこちらを指さし、
「あそこに だいおうさま が! 私を姫だと言ってさらいに来たんだ! 早く安全な場所へっ!!」
 と、まくし立てた。
「……へ?」
 剣を持ったまま間抜けヅラで立ち尽くしていると、イナキの鋭い視線が向けられる。いや待て、そんな馬鹿な。勇者です、姫を助けるためにはるばるやってきた勇者です、断じて だいおうさま ではありません!!
「あの、誤解」
 そこまで言ったところでダリアがイナキを抱きしめ、にやりと意味深な笑みをこちらに投げかけながら床を蹴った。ぶれた二人の体は一瞬にして空気に溶けて消える。それは魔界では座標固定と呼ばれるごく一般的な移動術だ。
「……え……これは、どういう展開?」
 部屋に取り残され、呆然と立ち尽くして誰に問うでもなく問いかける。予想外とはまさにこのことだ。ちなみにこの状況を真に理解したのはそれから三時間後、武装した悪魔たちに城が包囲されてからだった。
「魔城を占拠した だいおうさま を討ち取ったものには賞金が出るぞ!!」
 城の外、人なんだが馬なんだかゴリラなんだかもわからない生き物が大声で怒鳴ると、それに反応してあたりを埋め尽くす猛者もさたちが雄たけびをあげ、地響きとなって城を包んだ。あれを説得するのは不可能に近いかもしれない。話を聞かせることすら困難であろう異様な盛り上がりを見せる悪魔たちに、混乱しすぎで恐怖も緊迫感も吹き飛んでしまった。
「そうかーダリアはお姫様役がやりたかったんだなー」
 ああ、彼女の性格をすっかり忘れていた。いまごろこんな事態になっているとは知らず、お姫様気分を満喫しつつ恋人のイナキといちゃいちゃしているに違いない。
「どうやって逃げようかなあ」
 馬鹿正直にイナキとダリアが帰ってくるのを待っていた過去の自分が呪わしい。窓の外から地上を眺め、ぞくぞくと悪魔が集まってきていることに軽い眩暈をおぼえて項垂れた。
 だいおうさま は、いきなり大ピンチだ。
 だが、まだ飛行系の悪魔がいなかっただけマシかもしれない。慰めにもならないことを考えつつ、手元にあるたったひとつの武器を眺めて肩を落とした。

=『だいおうさま エンド』了=


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