古城に何かヒントがあるかもしれないし、ひとまず入ってみるか。近づくと、途中でいかにも行き倒れましたという風体の何かよくわからない物体エックスが落ちていたが、……まあ見なかったことにしておこう。
 無駄にでかいドアの前に立ち、ドアノックを掴んで打ち鳴らす。すぐに内部からバタバタと足音が聞こえてきてドアが開き、一番にモップが出迎えてくれた。
「怪しい奴!」
 モップをかまえているのは古城によく似合った古風なメイド服を着たメイドだ。……そういえば、彼女の名前はわからないままだな。
「なんの用だ?」
 あからさまに警戒してメイドが問いかけてくる。
「怪しい者じゃありません、お姫様を捜している勇者です」
 ……この自己紹介は、十分怪しくないか? メイドの表情がさらに険しくなる。ぐっと突き出された使用済みモップは真っ黒に汚れて異臭を放ち、とても近づく気にはなれなかった。
 失敗した。どこかで道を間違えたに違いない。ここはいったん引き返して――そう思って一歩後退すると、背中に何かがあたって体が大きく弾んだ。
「え?」
 ヤバイ、と思ったときには、顔面からモップに突っ込んでいた。ひいいいーー!! 臭い! なんか生臭い! しかも苦い! 口の中で何かがじゃりじゃりを音をたててる!?
 とっさに顔をあげ、背後にあった人影を押しのけて城の影に駆け駆け込み、口の中のものを吐き出して顔を服の袖で乱暴に拭いた。もう臭いがしみ込んでしまったのか、呼吸するとひどく生臭い。
「災難だったな」
 声をかけられ涙目で振り返ると、そこには古城の主人、伯爵が悪びれなく立っていた。お、お前が背後にいなきゃモップに突っ込むことはなかったんだ! 謝れ! 今すぐ謝れー!! ひざまづいて謝れー!!
 と、胸中で絶叫する。……吸血鬼相手にタメ口なんてとんでもないです。これはヘタレではありません、処世術というものです。
「ああ、せっかくの服が台無しだな。いま入浴の準備をさせるから、体を清めなさい」
「!!」
 なんだ、この吸血鬼思ったよりまともで紳士的じゃないか。
「ありがとうございます!」
 こんな生臭いままでお姫様捜しなんてとんでもない話しだ。ありがたい申し出に大きく頷き、案内されるままシャワールームに行く。陶器のバスに金の蛇口、ノズルもホースも金ぴかのその一室には、金粉入りのボディーソープまであった。
 成金万歳――!!
 これは一生に一度、体験できるかどうかという貴重なものだ!
 さっそくバスタブにお湯を張り、用意されていたバラの花を浮かべて湯につかる。うわー、ナルシスト全開だー。こんな風呂に毎日入ってたらアホになりそうだー。
「着替え、ここに置いておく」
 カーテン越しにぶっきらぼうなメイドの声が聞こえた。至れり尽くせりだ。一時間ほどかけてゆっくり疲れを癒しながら体を清め、バスルームを後にした。
 そして。
「……あれ?」
 着替えの服を指でつまんで持ち上げ、思い切り首を傾げる。一着だけ置かれた「着替え」は、濃紺のドレスに白いエプロン、白いヘッドドレスに白い靴下、そして黒い革靴のセットだった。
 まるきりメイドが着ていた「メイド服」だ。
「すみませーん、服間違えてますけどお?」
 廊下へ顔だけ出して叫んでみたが、広い通路には声が虚しく反響するだけで、返ってくる音は何もない。し、仕方ない。とりあえずこれを着るか。
 不承不承で着替えをすませ、脱衣所を出て廊下を渡り、一階へ下りる。階下で話し声が聞こえたことに安堵して足早に移動すると、いくつも並んだ部屋のひとつに伯爵とメイドの姿があった。メイドは掃除の途中なのか、相変わらずモップを手にしている。
「おお、着替えたか。なかなか似合ってるじゃないか」
「あ、ありがとうございます? でも、もうちょっと普通の服が」
「それが普段着だ」
「はあ」
「紹介が遅れたな、メイド。新人のお手伝いだ。仲良くしろよ」
「……はい?」
「いやあ、派遣会社に頼んだのになかなか来なくて焦ったが、無事にたどり着いてくれてよかった」
「え、いや、人違い……!?」
 言い訳も虚しく、メイドが近づいてきた。微笑む姿は獲物を見つけた獣のようだ。
「頼むぞ、メイド二号」
 なぜか勝手に名までつけられ、モップと掃除分担票を押し付けられる。
「逃げたら承知しないからな」
 可愛らしい笑顔とどすの利いた声で言われ、思わず頷いた。
 魔界の掃除が重労働だと知ったのはその日の夕刻だ。これからは毎日掃除をするらしい。
 毎日毎日。

=『転職エンド』了=


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