外壁にまで派手な模様をほどこした城を見上げて感心する。ここに来る途中でも古城を見かけたが、あれは趣のある景観でずいぶんと雰囲気が違うのだが、これはこれで興味深い造りをしていた。
「ここに だいおうさま がいるのか?」
 ……しかし、可愛らしい趣味だな。壁面に花の模様を刻んだお城というのをはじめて見た。もしここに だいおうさま がいるなら、意外と平和的に話し合いで解決するかもしれない。
 可愛らしい花をあしらったドアノックを掴んでがんがんと打ち鳴らすと、中から「はーい」と聞き覚えのある声がした。
「ん? もしかして、イナキ?」
 開きかけたドアに問いかけると、驚いたようなイナキ少年の顔が視界に飛び込んできた。魔界にいるなんで珍しい。……っていうか、ここって魔城じゃないのか。じゃあ だいおうさま って、……まさか、ダリアじゃないよなあ。ダリアはすでに魔王様という立派な職業に――立派かどうかはよくわからないが、とにかく魔王様という職業につき、魔界を統率しているのだから。
「いらっしゃい?」
 警戒しながらもそう言って城に入れてくれるのは、さすがイナキと言ったところか。
「お邪魔します」
 イナキにならってそう断って魔城に入ると、対を成す石像が優雅に出迎えてくれた。高そう、と一般庶民的なことを考えながらイナキを見る。
「お姫様を捜してるんだけど見かけなかった?」
「お姫様?」
「 だいおうさま にさらわれたらしいんだけど」
 間抜けな説明だとは思うが、他に伝えようがないので単刀直入に質問すると、イナキは小首をかしげた。
「そういう話は聞かないけど」
 馬鹿にせずに答えてくれる辺りで彼も大物だ。まあ魔王様のいる魔城に来てるような子どもなのだから、許容範囲も並大抵のものではないのだろうけど。
「ダリアなら知ってるかもしれない。ダリア!」
 魔界の王をこれほど気安く呼ぶ人間もいないだろう。ああ、末恐ろしいなと思ってみていると、長い渡り廊下をドレスをたくし上げて猛然と美女が駆けてくるのが見えた。
 ……あれを見ているから、威厳とか畏怖とか、崇拝とか敬愛は抱かないかもしれないな。頬をバラ色に染めて息を弾ませるのは、魔界の王でイナキの恋人であるダリアだ。
「呼んだか!!」
 無闇に鼻息が荒いのは、何も走ってきたからというのが理由ではないだろう。
「うん、呼んだ」
「愛の告白か!?」
「違う」
「……そうか」
 ……もしかしてこの人たちは、毎日こんな会話をしているのか。眉ひとつ動かさずに答えるイナキを見て脱力していると、彼は「 だいおうさま って知ってる?」とダリアに問いかけた。
「お姫様がさらわれたんだって」
「触られたのか!」
「……いや、さらわれたんだけど」
「さわられたのか!」
「だから、さわられ、た……」
「触られたのかー!!」
 アホの会話だ。さすがにイナキの顔が引きつっている。
「だからね、さらわれたんだって。お姫様知ってる?」
 一言一言しっかり区切り、イナキはダリアに言って聞かせる。すると、ダリアはイナキを指さして、艶然と微笑んだ。
 ……そうか、ダリアにとって「お姫様」はイナキか。きっと立場はどうあれ、イナキにとってもダリアが「お姫様」なんだろう。でもそれを助けに来たんじゃないんだよなあ。
「まいったなー。せっかく奮起して来たのに。……あ、もしかしてあれかな」
 思い当たって手を打つと、イナキとダリアが不思議そうにこちらを見た。
「ここに来る前に古いお城を見かけたんだ。崖の上に建ってて、周りにはうねうね踊る木がたくさん生えてた」
「それは伯爵の城だ」
「伯爵? ……ダリアの育ての親の?」
「そう。メイドのために結界が張ってある古城」
「……じゃあ別か。魔界って広いから、どこにお姫様がいるのかわからないなあ。 だいおうさま の見当もつかないし」
 ふて腐れてつぶやくと、ダリアがにっと口角を上げた。
「いるわけがなかろう」
 堂々たる口調で彼女は言い切る。
「ここは私が治める国だ。だいおうさま などいるはずがない。お姫様とやらをさらったならなおのこと、私が気づかぬはずはなかろう」
 理屈はわからないが、魔界の王である彼女が言い切るならきっとそうに違いない。無駄に貫禄のある姿を眺めておかしな基準で納得し、剣を弾いて溜息をついた。
 せっかく来たのに、本当に無駄足だったようだ。まあ平和ならいいんだけど、……でもやっぱり、ちょっと物足りないな。
「……最近、いろいろ地理を覚えてるんだけど、よかったら案内しようか」
 壁に額をこすりつけてしょげまくっていると、同情したのかイナキが素敵な提案をしてくれた。
「ありがとう……と、思ったけど、やっぱり帰ります」
 睨んでる! すごい顔で美女が睨んでる! まさに殺気立つを体現したダリアの姿に恐れおののき、すごすごと出口に向かう。ひとりで帰るのは寂しいが致し方ない――そう思ってドアノブに手を伸ばすと、それが音をたてて動き、いでドアが開いた。
 驚いて顔を上げると外に立っていたのはヴェルモンダールだった。見回りでもしてきたのか、何やら物々しく甲冑を身にまとい、腰に剣をぶら下げている。
「おや、お客人でしたか」
 にこやかに一礼したヴェルモンダールを見て、イナキは小さく声をあげて近づいてきた。
「これから少し時間が取れる?」
「はい。何か?」
「魔界を案内してもらいたいんだけど」
 そう提案したイナキの視線はこちらに向いている。まさかヴェルモンダールが魔界観光ツアーガイド!? そりゃまた無謀な依頼だ。
「ええ、しばらくは暇ですから大丈夫ですよ」
 しかし、意に反してヴェルモンダールは快諾する。
 かくしてお姫様救出作戦は一転し、ツアーガイドが魔王様の補佐というこの上ないほど贅沢な魔界観光へと姿を変えた。
 ……魔界は今日も平和らしい。

『魔王様にKiss』を補完しました=

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